石見曼荼羅観音霊場 第22番 興国山 聖徳寺(しょうとくじ)
草創は推古16年3月(608)太子作の釈迦如来を本尊として寺号を聖徳寺とする。
律周、天台宗を経て応永20年代(1413~1427)洞雲湖泉禅師によって曹同宗となる。
鎌倉時代前期(1228年)、浜田の豪族 益田兼定がこの地に砦を設け、以後周布氏累代の居城であった。
元亨4年(1324)周布家4代周布弥次郎入道兼信が檀那主となり開基再建し代々菩提寺とするも同家滅亡後は衰微する。
室町時代(1570年)毛利氏に敗れ落城するまで300年間、浜田西部の拠点となっていた。
山麓の曹同宗 、聖徳寺のその本堂には江戸時代後期(1866年)の長州軍と戦いの弾痕が残っている。
御 本 尊 釈迦如来
開 基 聖徳太子
創 建 推古16年(617)
中興 開 山 洞雲湖泉禅師
宗 派 曹同宗
律周、天台宗を経て応永20年代(1413~1427)洞雲湖泉禅師によって曹同宗となる。
鎌倉時代前期(1228年)、浜田の豪族 益田兼定がこの地に砦を設け、以後周布氏累代の居城であった。
元亨4年(1324)周布家4代周布弥次郎入道兼信が檀那主となり開基再建し代々菩提寺とするも同家滅亡後は衰微する。
室町時代(1570年)毛利氏に敗れ落城するまで300年間、浜田西部の拠点となっていた。
山麓の曹同宗 、聖徳寺のその本堂には江戸時代後期(1866年)の長州軍と戦いの弾痕が残っている。
御 本 尊 釈迦如来
開 基 聖徳太子
創 建 推古16年(617)
中興 開 山 洞雲湖泉禅師
宗 派 曹同宗



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